1年前の転職活動を

久々の日記はめちゃくちゃ長くなりました。

SNSの友人に向けたコメントが、相変わらず自分語りになってしまい、

それを日記にまとめ直しました。

 

 

就職活動、お疲れ様です。

落ちた理由が頭と理屈で分かったりしても、

落とされた自分というものには、心と感情が納得できませんよね。

ずるずると引きずるものです。今後の人生や生活がどう転んでも、

少なくとも、忘れるってことはなさそうな気がします。

 

私も転職活動をほんのちょっとだけやってました。

逃げの転職活動でした。働きたくて転職するというよりは、

現状が嫌だから転職するという、典型的なやっちゃいけない転職活動でした。

 

まず、新卒での就職活動だけは、どうにか成功しました。

その後は転職活動に身を投じてみたり、

今後の自分のキャリアを勝手に絶望視したり、それで

あわや失業者に観を落としそうになりました。

 

しかし、自分がやってたのは残念な転職活動。

普段からは転職の準備をろくにしてませんでした。

自己分析本と転職活動本も買っただけで、それらの項目を

実際に自分の頭で考えたり、振り返ったり、文字や文章にまとめたり…

よくある自己分析はいっさいやってませんでした。

 

 

もうこの時点で笑っちゃう。

自分で自分が分からないのに、自分で自分の

やりたいこと、むいてること、できること、

やりたくないこと、むいてないこと、できないこと、

などを把握できていなかったわけです。

まあ、いまもそうなんだけど…。残念。

 

 

それなのに行きたい会社だけは、めざとく見つけました。

説明会にも行き、心の底から憧れたものです。

しかし、そこでの仕事の内容には、大して興味がありませんでした。

憧れたのは、その会社で働く人達の輝く姿や、輝く働き方であって

会社の果たす業務や、それを支える人と魂には、憧れなかったのです。

 

自分でも、最低の転職活動だと笑っちゃいます。

私が欲しかったのは、結局は自己満足だったのです。

会社や仕事を通じた自己表現と、それを受け入れてくれる社会は

私は欲しくはなかったのです。私が欲しかったのは、理想の私自身。

 

そんなことにも、薄々と気付いていたと、なんとなく覚えてます。

履歴書や自己PR書をパソコンでしこしこ作りながら、これじゃだめじゃん、

その会社を通じての、自分だけのやりたいことが、全くないじゃん、

と、なんとなく覚えたのを、いまでも恥ずかしながら覚えてます。

 

 

面接では、あれこれと痛いところを突かれました。

痛いところといっても、それは自分の準備不足が、痛いところを

そのままにしていたわけです。たんに自分が悪い。

 

実績や経験や能力もなく、それを補う今後の計画や試行錯誤もなく。

しかし、面接官は真摯に付き合ってくれました。

それじゃダメですよ、と本気の顔で叱咤激励してくれました。

泣きそうになった私に、慌てて優しくフォローした顔も覚えてます。

 

もちろん結果はダメでした。

ヤダヤダうるさい若造を、ベテラン社会人が若造と向き合い、

尻を拭って叩いてなだめすかせて、終わったのでした。

しかもよく考えれば、無料で、です。

履歴書や交通費はさておき、就職面接というよりは

なんだか道場に通ったような感じさえします。

 

面接の最後には、なんだか口喧嘩の後のような、

ひりひりとお互いの心が痛みつつも、それを治す方法は

お互いに分かっている…というような雰囲気でした。

どうにか、本心でぶつかりあえたのではないか、と思います。

 

そして、地続きの自分を目指します、と言ったのを覚えてます。

高みを目指すのは簡単だけど、すぐに高みに到達できるわけがない。

憧れる高みには、憧れている自分が、その足で一歩一歩進むしかない、

ということを、そのとき面接官に教わったのだと思います。

 

ちょっとずつ、がんばってください。

そんな言葉も、もらえた覚えがあります。

いやぁ、なんとかまとまった、という面接官の安堵の顔も覚えてます。

 

そんな軽口を叩ける自分なので、今日もしぶとく生きてます。

もう1年も前のことを、やっとこんな風に

ちょっとした嘲笑風味に、なかばヤケクソに文章にまとめられました…。

 

 

ただ、いまだにこの会社が心に残っているのは、

その面接官が、またメールください、と言ってくれたからです。

 

ホントですか?! なんて重い返事をしてしまった私に、

また苦笑してたのも覚えてます。結局、メールをせずにいて、

1年が経っちゃいました。いまでもメールしようか悩んでます…

 

完全にダメ男ですわ。