毒と薬

今日が最後の勤務日でした。
普通に始まり、普通に終わりました。


人は仕事や目的を失った時、2つのRを感じる、
という映画のセリフがあります。キルビルだったはず。
ひとつのRは、Reliefで、安堵や安心、心配などの除去や軽減。
もうひとつのRは、Regretで、後悔や悔恨、悲嘆や落胆。

いまの自分は、どちらかというと前者を強く感じます。
もう疲れなくて良い、疲れるために働かなくて良い、という
安堵や平穏のような気持ちを味わっています。
もう終わった。終わってくれた。そのぐらいに感じます。

後者の後悔はというと、正社員という立場での
契約や、その維持を失ったことです。
また、それによる安定した収入を失ったことでしょうか。
でも、実家住まいなのもあり、貯金もまあまああり、
まだ年齢も若いとされるのもあり、後悔や落胆は
あんまり強く感じていません。安心の勝ちです。


ただし、喪失感が強いです。
あぁ、もう、なんもないんだなぁ、なんて思います。
いつしか、仕事が自分そのものにして、自分の人生そのものだと
思うようになっていましたから。

仕事=自分
仕事=存在意義

ついこないだの誕生日くらいには、そのぐらいに思ってました。
でも、そうやって思わないと、思い込みでもしないくらいは、
耐えられなかったんだとも思います。
そうでもしないと、自分が保てない。
自分と仕事を結ばないと、自分が自分でなくなるから。


そんな誕生日から、またも意味の感じられない異動を受けて、
それでも仕事をして、自分であり続けようとしました。。
自分という人間と環境を理解しよう、受け入れよう、
それから、どうにか前に進ませよう。

でもそれは、傷ついた心や、恨みつらみから
逃げようとしただけなのかもしれません。

不可解な異動に傷付き、嫌がる自分を、それでも
続けてきた仕事を武器や防具として持たせて、
実態のない恐れと、むりやり戦わせたかもしれません。
そして、実態がないだけに、心からやられていきました。
夜眠るときは、何度も目が覚めて起き上がったり、
朝は本気で起きたくなかったり、どちらも胸がしまるような
圧迫感がしました。仕事中は胃がじくじく痛むこともありました。


自分と自分との争いにも似ていて、同時に、
不可解で理不尽な会社との争いにも似ている、
どうしようもない境遇と自分を、無理やり結びつけようとして
身体よりも心がやられてきたのです。
さらに身体もやられました。慢性的な疲労と風邪で寝込みました。


仕事=自分?
仕事=存在意義?

そんな呪縛みたいなのは、もういらないと、
自分から断ち切ろうと、素直に思えました。

でも、それを解き放つことでしか、心身が蝕まれながらも
あるいは自分で蝕んでしまった自分を、救えなかったのかも、
なんて物語っぽく思ってしまいます。

ただ、辞めただけ。
されど、辞めてしまった。
そのことが、あらゆる意味で、自分に対する
薬になってしまったように思います。

しかし、いまの仕事が薬にならないと思い、
ただの毒にしかならないと思い、辞めると判断した自分も
いつか偉いと思えるんじゃないかな、と
自分で自分を思うのでした。